ホーチミンの「シクロ」
海外添乗で数日から十日あまりをよその国で過ごし、
その後、日本に戻ってくると、
見慣れたはずの風景ががらりと変わって映ります。
アルプスの国スイスからの帰りは関空からの連絡橋を渡りながら「海だ!」でしたし、
季節が反対になる南半球から帰国すると「暑い!」(寒い)ですし、
ブータンからのときなんて街行く人の群れを見ながら、「…誰も民族衣装を着ていない!!」でした。
今回のベトナム、南北に細長い国を北から南へ8日間過ごした後に見た日本は
「これなら私でも運転できる(ホッ)」。
何がそう思わせたかというと…。
初日、ハノイ空港で出迎えてくれたガイドのロンさんと落ち合い、
市内へ向かう車のなかでのこと。車、車、車、バイク、バイク、バイク、
その隙間を縫って、シクロ(ベトナム式の自転車)……
そして、さらにはそのなかを悠然と人が歩いているのです。
うわぁ…。(こわい)
言葉にならないまでも、車内にただよう空気に、ロンさんがさらりと言いました。
「だいじょうぶですよ。ゆっくり歩けば、車もバイクもよけてくれます。
一番危ないのは急に走ること」。
たしかに、見ていると、誰も走らない。
ただゆっくりと、車やバイクの途切れることない縦の流れに、
そんなもの存在しないとでもいうかのように、横断していくのです。
「みんな、運転うまいですから。
それに車やバイクは高いから、ぶつけないように、みんなとても大事にしてる。
たぶん今回、お客さんが一週間いるなかで、ちょっとぶつかる事故を、
1回、見るかどうかだと思いますよ」
(本当? 私だったらハンドル握った瞬間、ぜったいぶつかる、
――いや、そもそも固まってしまって動けないけど…)とは心の声。
私自身はもう3回目のベトナムなのですが、
それでもベトナムの道路の混沌ぶりには、毎回おどろき、体がこわばってしまいます。
昨年からペーパードライバーを卒業し、ちょこちょこ車に乗るようになったので、なおさら感じるのでしょうが、
空港から1時間ほどでホテルに入ったとたん、あーやれやれ。
どっと疲れがふきだしたのでした。
翌日からは世界遺産のハロン湾クルーズ。
(1泊クルーズのはずが、季節外れの強風のため欠航に。
翌日の短いクルーズに切り替えてもらいましたが、これは残念でした)。
中部地方に移って、ベトナム最後の元王朝の都フエ、
そして朱印船貿易の時代には日本人街もあった湊町ホイアンへ。
最後は南へ下り、サイゴンの名で知られたホーチミン。
――北から南まで、どこへ行ってもベトム道路事情は変わりません。
でも不思議なもので、変わるのはこちらの感じ方。
甘さと酸っぱさとしょっぱさがうまい具合に調合されたベトナム料理と、
333という名のベトナムビールにすっかりなじんだ私の体は、
3日目を数えるぐらいから、混沌の道路のなかでもうつらうつら、気持ちよく船をこげるようになっていました。
そうして一週間を過ごし、今日の深夜便で帰国…という最終日。
ベトナム式自転車タクシーの「シクロ」に乗りました。
嵐山を走る人力車のような座席に座り、後ろでペダルをこいでくれるおじさんにふりむいて挨拶して、
いざ混沌の道路のなかへ出発! が…。
(こわい!)に感覚は逆戻りしていました。
車のなかから見ていたときより、ぐんと視線は下がり、
目線とほぼ同じ高さでバイクがどんどん追い抜いていき、
しかもこちらは遮るものも守ってくれるものも何もない生身なのです。(あちらだって生身ですが)
トントン
肩をたたかれ、ふりむくと、後ろのおじさんが何やら指さして教えてくれました。
指の方向をふり仰ぐと、ガラス張りの立派なタワー。
ベトナムの国花であるハスの蕾をイメージしてデザインされたという「スカイタワー」です。
トントン。
また、あっちを指さすので見ると、なんと大きな串カツ屋さん。
看板には「ソース二度づけお断り」の文字まで。
街を蛇行するサイゴン川の流れよりは少し速い、車とバイクとシクロの流れの一滴となり、
内側から眺めたホーチミン。
その流れは赤信号でしばらくとどこおり、青信号でまた流れ出す。
その流れのなかを上手に縫って横断する人、人、人。
そうこうしながら30分ほども乗っていたでしょうか。
そのとき、分かりました。
一見、「混沌」としか見えない流れのなかに、秩序があることを。
みな、譲りあっているのです。
車はバイクに。
バイクはシクロに。
そして、車もバイクもシクロも、人に。
大きなものが小さなものに譲る「あ・うん」の呼吸が、そこにはありました。
それからです。安心してシクロの背もたれに身を任せたのは。
少し余裕ができてカメラを取り出そうとしたら、キーッとブレーキが引かれ、
シクロの小さな旅、終了となりました。
(というわけで、例によって、文字ばっか。写真はこれだけです)
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