我が町のオーケストラ
皆さんは、初めて訪れた劇場を覚えていらっしゃいますか。私にとっては、神戸文化ホールです。たしか15歳のとき。黒柳徹子さん主演のコメディ劇「ニノチカ」が来ると知り、地元の演劇鑑賞会に入会したのです。
以来、月に一度、学校帰りに文化ホールで芝居を観る生活が始まりました。杉村春子さんの「ふるあめりかに袖はぬらさじ」、仲代達矢さんの「リチャード三世」、栗原小巻さんの「アンナ・カレーニナ」など、今思えば贅沢な舞台を経験させてもらいました。
なかでも鮮烈だったのは、太地喜和子さんの「出雲の阿国」です。(観劇からほどなくして車の事故で亡くなったので、衝撃はなおさらでした。)
年齢を重ねるにつれ、西宮や大阪、時には京都へも足を伸ばすようになりましたが、今でも「私の町の劇場」といえば、神戸文化ホールです。
そんな思い出深い神戸文化ホールが、老朽化を理由に、2028年春をもって閉館します。アクセスにやや難のある現在の建物は取り壊しとなり、同じ年の夏には1800席の新ホールが市の中心部にある三宮に移転のうえ、オープンする予定。
ただ、主に芝居を上演する中ホールの完成はさらに2年後になる見込みで、空白期間は神戸での上演ができなくなる懸念も・・。
でも演劇人以上に、より差し迫った、深刻な立場に置かれたのが、神戸文化ホールを拠点とする「神戸市室内管弦楽団」でした。新ホール計画のあおりで、集客率の低さを問題視した市から補助金打ち切りを通達され、存続のピンチに立たされたのです。
創立は、1981年。「ポートピア81」として賑わった神戸ポートアイランド博覧会の記念事業として、神戸市主導のもと結成された、いわば「我が町のオーケストラ」です。ただ私自身、補助金打ち切りのニュースで初めて存在を知ったぐらいで、音楽に疎いことを差し引いても、市民にとってなじみの薄い存在だったことは否めない、のかもしれません。
ようやく知りえたと思ったら、いきなり存続のピンチです。遅ればせながら、9月末に予定されていたヴィヴァルディ「四季」のコンサートを、「応援企画」としてパンフレット紙面に紹介してみました。もとより多くは望めません。それでも8名の方よりお申込みいただき、ホールへ出向きました。
その日、ホールは満席でした。
舞台上には、26人という少人数編成のオーケストラ。どんな音色なんだろう。
いや、それよりどんな気持ちなんだろう・・・。
存続か、解散か。運営する財団が、数日中に方針を決定することになっています。
ヴァイオリニスト佐藤俊介さんの弾き振りで、「春」が奏でられ始めました。
小鳥がさえずります。小川のせせらぎ、木々の新芽、しっとり濡れた大地に差しこむ木漏れ日——春の喜びがホールに満ちていきます。ふだん耳にすることが多いのは、100人規模のオーケストラ。そのせいか、ひとつひとつの音色の軽やかさと鮮やかさがかえって際立って響きます。
春、夏、秋、冬と、めくるめく過ぎゆくヴィヴァルディの《四季》。
終演後、舞台上の楽団員を、惜しみない拍手が包みこみました。
そして数日後…。
財団が、存続の方針を発表。
創立から40年あまり(!)の時を経て、ようやく出会えた我が町のオーケストラ。「これから」が続いていくことに、まずは安堵しました。
今、ジャンルを問わず劇場の空気が好きなのは、間違いなく神戸文化ホールとの出会いがあったから。ほんとうに親しみをこめて「私の町のオケ」と呼べる日が来るよう、できる限り、ホールに足を運ぶつもりです。



